前回は、ストリーミング・サービスが「人に楽をさせること」に主眼を置いていること、逆に楽をせず自分なりの趣向を形作る過程の結晶として、vinyl(アナログレコード)を所有する価値を見出す人もいるというお話をしました。
ここで自分が思い出したのはUX1という言葉です。もとはUser Experienceという英語で、デザインの世界ではもう何年も前から「UXデザイナーって名乗るとかっこいい→実際にUX/UIデザイナーの求職多数」みたいな状況になってきています。
自分のなかでは、「 UXまたはユーザー体験 」くらいの感覚で使いたいと思っている言葉です。
それまでの「デザイン」と、「UXデザイン」は何が違うのか。
これって、Spotifyなどとvinylの差を考えるのにもピッタリだと思うんですね。
デザインというのはそもそも2、美的感覚以前に人の役に立つ構造、操作性を設計する作業でした。車のハンドルは円形がいいのか、それとも自転車のような形がいいのか、持ちやすい太さはどれくらいなのか、それを実現できる耐久性の有る素材はあるのかか、などなど……。近年はより服飾や印刷関係、それにウェブサイトのレイアウト設計などのイメージが強かったのですが、これまでももちろん「どんな人が使うのか」という視点で、例えば全体の情報量や文字の読みやすさ、クリックされやすい配置などが山のように研究され、世に出てきました。
UX、ユーザー体験を反映したデザインというのは、さらにそのデザインの精度を上げるにはどんなユーザーがどんな状況のなかでそれを使い、どう役に立つのかが大事だ、という発想が基本になります。
わかりやすい手法で言えば、まず「架空の人物像(persona)」や「体験ストーリー(storyboard)」があります。
架空の人物像は、自分たちが目標とするユーザー像を、名前や性別、年齢、民族性や趣味思考、経済状況、居住地域などさまざまな条件を決めていくことで実在の人物のように想定していく作業です。しかもこれは単に想像だけではなく、ユーザー調査/アンケート、統計の解析などから本当に使っている人はどんな人なのかを理解するための手法です。もちろん、全ユーザーを「平均化した1人」ではなく、さまざまなタイプの利用者像を作り上げることになります。
続く体験ストーリーとは、4コマ漫画のような絵コンテのような形で作られることが多いものですが、上記の架空の人物たちが、どんな状況で自分たちのサービスを使うのかを何パターンも想像し、そのなかでより役に立つ設計をつくり上げる、ということです。例えばiPhone6は、日本人、特に女性の片手操作には向かない幅にまで大きくなりました。もともと体格が大きめな上、以前はBlackberryという幅が広い端末が当たり前だったアメリカ人などではさほど違和感なく使えると判断されたのでしょう。でも、例えば「電車でつり革につかまっていたら片手でしか操作できないよな」とかいろいろなシチュエーションを考えながら「どうしたら問題を解決する役に立つか」という設計を煮詰めていくわけです。
ではvinylの話に戻りましょう。
まず、vinylというのは独特の存在感のある物体です。紙のジャケットが大半で、CDケースのようなプラスチックの安っぽさはなく、時間を経て色があせても、それが「味」と受け取ることができるし、アートワークの美しい作品も多数そろっています。多少のスペースを取るけれども、大事なレコードに限って持っておくなら本などと大して変わりません。服、数枚ののスペースを考えておけば大丈夫でしょう(レコードプレイヤーの分は除く)。また、以外に丈夫ではあるものの、ちょっと傷がつけばそれがダイレクトに再生音に跳ね返ります。当然、普通はある程度ていねいに扱うようになっていくものですよね。
こういった条件から考えると、アナログレコードを好むような人というのは
- 自分のスペースにクールなものをおいておきたい
- 外ではなく、インドアで楽しむために購入する
- 例え再生しなくても、その作品がそこにあることを楽しむ
- そのレコードがどこにあるのか、探すことすら楽しい
- 大好きな音楽を、その情熱に比例して特別な形で長期的に所有したい
というような人物像が想像できますね。それが正しいかどうかは、調査が必要になるわけですが、こういった仮説、さらに「疲れて帰ってきたときにゆったりした服に着替えて飲み物を用意し、レコードジャケットを眺めながら何を聴こうか決めて、そっと取り出してプレイヤーに乗せ、針を落とす。でも都市生活者なので音量は大きくできないだろう、特に家族がいればヘッドフォンを使うかもしれない……」といったストーリーが考えられます。自分の生活をコントロールして楽しもうという意志がなければ実現できない状況でもありますね。
これに対して、Spotyfy、Pandra、Beatsなどは
- どこでも音楽を聴きたい
- 聴きたいものを即座に聴きたい
- 聴きたいものはあらゆるものが一箇所にまとまっていてほしい
- お金はそんなに払いたくない
- 家にCDやレコードを飾りたいとは思わない
- 流行ってる曲が(流行っている間に)聴ければだいたい満足
- なつかしのあの曲が聴きたいけど自分で思い出して集めるのはめんどくさい
とかでしょうか。こちらのストーリーはそれこそありとあらゆるバリエーションが考えられますが、例えば先述の「つり革で片手操作」というストーリーを満たすには、最低限そこで再生、停止、選曲、音量調整などができないといけないな、という想定ができますよね。
ちなみに、別に後者を非難するつもりはまったくありませんのでご理解ください。世間的に言えば、後者が圧倒的に大多数である、ということを言いたいだけです。だからこそ、Spotifyやそれらのストリーミング/サブスクリプション・サービスやそれ以上に多数の人が使っているであろうiTunesなどは、「最大公約数に向けたデザイン」にならざるを得ません。前者のようなタイプや、どちらにも当てはまらない自分のような人間にはvinylもSpotifyも「なんか違う」となるわけです。
またデジタル機器とネット、安価なサーバサービスの普及で、単なる音楽メディア(カセット&レコード→CD)の変遷とは異なる、まったく新しい次元の視聴スタイルが入ってきたわけです。「面」とか「世界」を意味するplaneという英語がありますが、ここ10年前後の動きは本当にchanging planesだったし、いまもそうです。デザインだけでは扱えない、ストーリーや人格の基盤から再度理解しなおし、設計し直す必要があるわけです。
間違いないのは、大規模な資金を投入できる体制を作ったSpotifyやiTunes/iOSエコシステムという強大な普及力を持つAppleの新サービスがこういった需要すべてを満たすことは絶対にありません。最大公約数的なサービスではなく、少数派の趣味嗜好・ライフスタイルを持つ人たちに向けたサービスが成り立つ余地は絶対にある。ただし、そこにかけられるコストは当然小さくなるわけです。日本では一般層向けのストリーミング・サービスAWAが始まりましたが、概要を読んだけで自分は試す気も起きませんでした(笑)。結局、国境と言語と権利の壁で縛って区切って既得権益を守りたいだけで、新しい便利さ、楽さ(楽しさではない)を提供してくれるようにはまったく見えませんから。同じ理屈で、Jay-Z率いるTidalも本当にストリーミングでflacレベルの高音質を実現できるならアリかなーというくらいで、先行公開されたからってどうなの、独占コンテンツに頼るのってアイディアの欠如でしょ、というのが感想3です。
それよりも、いまはmixcloudやbandcamp、soundcloudなどを使って世界中にいるまだ曖昧模糊として「架空の人物像」も一般化できないような「誰か」に向けてマーケティングし、デジタル音源とレコードという形でいまも素晴らしい作品を世界に届け続けている中小レーベル・ディストリビューターを僕は尊敬しますし、感謝しています。
さらにこういった活動を網羅できるようなサービス、重箱の隅をつつくようでいて、実は次世代のトレンドを生み出していく才能を次々に取り上げ続けるサービス4。そういうものが幅広い方向性で登場することを切に願っていますし、機会があれば自分も協力したいと思っています。
- 余談ですけど、ネット関係者ってこういうUXとかって言葉大好きですよね。
自分苦手なんですけど。英語圏とつなげて仕事をするならわかりますけど、「☓☓☓☓☓☓☓☓☓(テキトーなカタカナ英語が入る)ってこういうことなんですよ(=俺ってすごいでしょ)」という話をするためにわざわざ外来語や略語を使っているとしか思えないのですが、このUXという言葉は既に英語圏でかなりの定着度を見せている考え方で、実際に僕らウェブサイト・ウェブアプリ制作者に限らずデザインという技術全般にとって役に立つ概念ですから、特にクライアントさんにこれを「理解できるように」きちんと説明する必要があります。そういう説明の中で、業界用語だからといって略語頻発の会話を繰り出すのは、自分たちの価値を下げることに繋がると思うんですが、みなさんいかがでしょうか? 日本の企業が全体的にウェブを使ったサービスが下手くそな理由のひとつでもあると思います。 - デザインとアートをごっちゃにしてる人が多いのも、カタカナ英語にしちゃったからではないかと疑っております。
- とか書いていたら、チケット大手業者Ticketmasterとの提携を発表してきました。そもそもTicketmasterはJay-Zが大きな契約を結んでいるLive Nationの一部ですから、当然といえば当然の展開ですね。
- 日本ではOTOTOYが一番理想に近づいているように思います。