テロの原因は宗教対立ではない

parisphoto by Stig Nygaard CC BY 2.0

2015年11月13日、パリでまたテロが起きました。
日々twitterfacebookにいろいろと書いていますが、ひとつ、これだけはまとめておきたかったのが「 テロの原因は宗教対立ではない 」ということです。

今回のテロも、ダーイシュ1が犯行声明を出していますが、彼らを日本では「イスラム国」と呼ぶことが多いので、彼らのテロはイスラム教が原因、と思ってしまう方々もいるようです。でも、そうではないのです。

一般のイスラム教とテロは関係がない

まず普通のイスラム教徒、その指導者たちはダーイシュやそのテロ行為を批判しています。ですから、イスラム教全般とテロを結びつけるのはそもそもおかしいのです。悪名高い黒人差別集団、KKKはキリスト教プロテスタント思想を背景にしていますが、彼らが黒人やユダヤ人、カトリックをリンチするからといって「キリスト教徒は黒人殺しだ」という批判が起きるでしょうか?

こういった状況についてはパキスタンの人たちが簡潔なメッセージ動画を公開しているので、英語がわかる方はどうぞ。

テロがイスラムの名のもとに行われる理由は?

ではなぜここまで、「イスラム過激派」とテロが密接に語られるのでしょうか? 自分は2つの要因に注目しています。

ひとつには、政治的、社会的に弱い立場に置かれた集団がイスラム教徒であることが多いということです。少し歴史を遡って20世紀後半をみれば、テロ事件を起こしていたのはIRA2や彼らと敵対した英国残留派、日本やドイツの「赤軍」などでした。一方で、いま、イスラエル(ユダヤ教が基本)からの迫害を受けるパレスチナはイスラム教徒中心の国であり、アメリカが攻撃したおかげで権力の空白が生じたイラクもイスラム教徒、自国民を虐殺するシリアのアサド政権の標的となっているのもイスラム教徒です。

現在、特に一般市民を対象にした無差別攻撃や自爆テロという手段が選ばれるのは、暴力装置としての規模、能力で絶望的に敵わない相手を攻撃する時です3。個人的にテロというのは一側面としては「弱者の暴力」だと考えている4のですが、現代世界の「弱者」はイスラム教徒であることが多いということです。

そういった状況のなかでどうやってテロリストが生まれるか、下記のTED動画がひとつの参考例になるかと思います。

イスラムとテロの関係で無視できないもうひとつの点は、イスラム教の「原理主義」が“jihad”という概念を拡張することで、多様性を否定し他者を殺害することが可能な教義を持っていることです。さらに厄介なことに、イスラム教には中央集権的に教義の解釈を時代に適応させていくしていくキリスト教におけるヴァティカンのような存在がありません。宗教指導者(イマーム)が政治指導者(カリフ)を兼ねる、という伝統は裏返すと、有力者の意向に従って教義の解釈が変わる、ということです。

ダーイシュはAbu Bakr al-Baghdadiという人物が「カリフ」5を名乗るカリフ国(caliphate)です。ですから、外部のイスラム宗教指導者が何を言おうとも、彼らの“jihad”の解釈は組織内部では「正義」になり、テロ行為を実行するのに必要な神と正義への陶酔が生まれやすいわけです。

僕らに何ができるのか

では、どうしたらテロがなくせるのか。

第1の点の対策として、国際社会全体での弱者救済に注力することが、イスラム外部からのアプローチとしては有効ではないでしょうか。

IRAがかつて「(イギリスは)常に幸運でなければならないが、我々はたった一度幸運であればよい」と声明で語っている通り、そもそもテロを警察力で完全に防ぎ続けることは至難の業です。ですからテロへの反応としてフランス政府が即座に実行した空爆は、対決姿勢を強く示すという意味で「人質をとっての脅迫」という性質のテロには有効でしょうが、結果的にはさらにシリアの人々を追い詰め、テロリストを増やし、さらなるテロを招くことにつながりかねません。では、シリアを爆撃するのではなく、平和に向かうようにしたら? そもそもシリアのアサド政権が自国の反対勢力を押さえつけるために始めた虐殺が現在の惨状につながっているのですから、彼らの殺し合いを止めることが道義的にも望ましいし、人々を追いつめるより助けることでテロリスト予備軍を増やさないことが先決ではないでしょうか?

第2の点についてですが、イスラム教内部で、ヴァティカンのような仕組みを作ってもらいつつ、教義の解釈を広く修正してもらうことは可能でしょうか? そうなってくれれば外部の人間は助かるかもしれませんが、これは、キリスト教で言うところの「宗教改革」に匹敵する巨大な事業となるはずで、直近の問題解決にはつながらないでしょうし、さらに副次的な混乱、対立が生まれることは間違いないでしょう。働きかけは必要ですが、そもそもイスラム教徒自身が動かなければ意味がない部分でもあります。

どちらの方向も間違いなく時間がかかり、困難なものだと思います。まとまった軍事力を行使する単位が国であり、その国が様々な歴史や社会情勢、経済に縛られている以上、現在の国際社会の枠組みではとても難しいことでしょう。ですが、個々の事件や情勢について、それぞれの国の国民がそれこそ禍根や偏見に縛られず、「基本的人権が保証されること」を判断基準の大前提に置くことができれば、各国の外交が変わり、軍事力の使われ方も変わるはずです。

日本でできることと言えば、短兵急に「テロとの戦い」に参加するなどというような政権を放置しないこと。僕ら自身が誰かに任せきりにせず、他の国の人々の気持ちを想像しつつ、実際に言葉を交わしてみること。そういう人がひとりでも増えることが、これから重要性を増していくことは間違いありません。

  1. Daesh, ISIS, ISIL, 「イスラム国」などと呼ばれる過激派武装勢力のこと
  2. アイルランドの対イギリス独立闘争南北統一を求めてイギリスと戦った武装組織・政治団体で、複数に分裂。宗教面で言えば英国国教会に弾圧されてきたカトリックが中心で1997年にテロ活動を停止。
  3. 広義の「テロリズム」は政治的な意図をもった暴力全般を指すので、ドイツ人多数によるユダヤ人攻撃の「水晶の夜」事件や権力者スターリンによる粛清なども含みますが、ここでは現代のより狭義の「テロ」を前提にしています。
  4. 「弱者の戦争」とも考えていたのですが、テロを「戦争行為」として捉えることは国家権力の濫用に繋がるので、「犯罪」として扱うべきという意見に自分も同意して言葉を改めました。
  5. Caliph、またはkhaliīfa(ハリーファ)は預言者ムハンマドの後継者を意味する政治的指導者。