ここ数年、英語圏やヨーロッパを中心に、アナログレコードが若者たちに人気を博しており、一部では伝統技術の継承が間に合わず生産が追いつかない状態にまでなっていると報道されています。
90年代の日本かよ!?って話ですが、今はデジタル音源、それもストリーミングサービスがあふれている時代です。なぜこんな状況が起きているのか、自分なりに思いついたことがあります。
キーワードは主体性。
いきなりさかのぼりますが、僕はラジオを聞かずに育ちました。
全盛期であったであろうテレビの歌番組もそれほど見ることもなく、音楽的興味はあまり惹かれませんでした。
子供の頃、一番盛り上がったのはうちにあったヴィヴァルディの『四季』と、『宇宙戦艦ヤマト』のレコード、それにアリスのカセットテープ、風呂で父と歌った「南部牛追い唄」だったようです。
でも、うちにはTVKと千葉テレビの電波が入りました。中学くらいでそれに気づいたのですが、かなりの時間、音楽ビデオを垂れ流すということをやっていて、自分の音楽趣味の基礎はそこで培ったようなものです。まあ小学校ですでにMozartは綺麗すぎて眠くなるとか偉そうなことをほざいてはいましたが。
そしてその地方局で触れた「洋楽」のビデオにはモロにハマりました。最初はINXSやGuns ‘n’ Roses、Ozzy Osbourneなど。今話題のTeslaと同名のバンドも買ったな。かと言ってバンドと言う形式に自分が参加するという意欲はなく、その代わり好きになっていったのがR&BとHip Hop。そこまでたどりついたらもういろいろな音楽のコラージュですから、ずぶずぶとはまっていったわけです。 しかも、そのなかでもさらに好みというものがある。ある程度は順位の予想できるBillboard Top 40や同じ曲順を繰り返す午後の千葉テレビを狙って、好きな曲のビデオだけを集めた独自編集ビデオテープを作って悦に入っていました。
ラジオ好きの方はエアチェックで番組のアーカイブをコレクションしたりしていた方も多かったと聞いていますが、僕にはMCのしゃべりは邪魔なだけで音質も怪しい1ラジオは考慮の対象にすら入っていませんでした。
いずれにしても、少ない情報を集め、自分の自由になる音楽ソフトを入手し、それを自分で自分のために楽しむ。それが当たり前で楽しくて仕方なかったわけです。
そんな僕らが必死にあそこで聞いたあの曲はなんだろう? あのレコードはどこに売っているんだろう? とレコード屋の闇に潜っている頃、世間では普通にCDが売れまくっていました。安室奈美恵や浜崎あゆみの時代、ミリオンヒットあたリ前でしたね。僕らは僕らで、紅白に出た安室奈美恵のバックでNYのダンサーたちが踊るのを見て勝手に喜んだりしていたわけですが、普通の人がどう音楽に触れていたかというと、大きな路線ではテレビやCMで使われて誰もが知っている曲がヒットしていきました。
これは「マニア」とはまったく逆の方向性で、音楽を大して好きでない人からしたらみんなと同じものを買って「いいよねー」と話ができる最大公約数であればよかったわけです。
この場合、どの音楽を聴くか、という点では主体性はほぼ必要がなく、流行っているものを買う、という楽ができればよかった。音楽マニアは世間の片隅で毒づく(※それでも渋谷の一部がレコ村と呼ばれたくらいの需要はあった)時代だったわけです。
さてではその20年後のいま。
一番の音楽聴取メディアは国外ならSpotify、Pandra、Tidal、Beats…国内ならYoutubeなどのストリーミング/サブスクリプション・サービスです。Youtubeの場合は、プレイリストやチャンネルに頼らない限りは「検索しにいく」部分で主体性が必要ですが、その他のサブスクリプションと呼ばれる月額支払登録制サービス2は、好きな曲、聴きたい曲を入力していけばいくほど、向こうから「これも好きでしょう?」とおすすめしてくれるという究極の楽ちんサービスを志向しているように見えます。特にPandraに顕著ですが、一定のサンプルに基づいて、特定のアルゴリズムがその人の好みにあったプレイリストを提供することが可能だ、というのがこういったサービスのより重視しているポイントではないかと思います。
言い換えると、いかに聴取者に音楽選びで面倒な思いをさせないか、楽をさせるか。
頭を使わずにも好みの音楽を聴くことができる。それをアートフォームの形にまで昇華させたのがDJですが、それはまた別の話。
例えば日々献立を考えるのって主婦にとってはかなりのストレスだって知ってますか? 「決める」というのはそれだけでエネルギーを使うことなのです。そこで人に楽をさせよう、というのが最新の音楽サービスの主眼に置かれているポイントだといえばわかりやすいでしょうか?
一方で、レコードはその対極にあります。
そもそもアーティスト名だの曲名だの覚えるのなんてめんどくさいじゃない?
で、それってどこで売ってるの?
え、ライブ会場限定?
ロンドンのレコ屋でレコード・ストア・デイだけ?
なんてめんどくさいことでしょう!!(笑)
でもだからこそ、Vinylは自分がクールであり、その作品やアーティストに愛を示している“証拠”と感じる人たちもいるのです。昔からレコードを買い続けているコレクターたちとはまた少し違った意味で、彼らはアナログレコードを作品として楽しんでいる、といえるでしょう。
物事にはいろんな感じ方、楽しみ方が存在する。大きなビジネスを考えるなら、「楽をしたい人たち」のことを一生懸命考えてあげればいいでしょう。一方で、自分たちの愛情を示したい人たちには、そういった形はあまり響かないはずです。
だからこそ、小さな商売にも活路はある。
個人的にも、人はみな同じではない、という当たり前のことを、ここ1年でより実感していますから。